昭和初期、四畳半でファスナーを手作りしていた小さな会社が、世界約70カ国に拠点を拡げ、建材や工機の製造まで行なう現在のYKKグループに至るまでの、さまざまな物語をお話しします。
YKKの代表的な工場である黒部工場。戦災を乗り越え、ファスナー事業を大きく展開させたいと考えていた吉田は、思いがけない申し出を受けて、富山県黒部市に工場建設を決断することになる。
吉田の目頭を熱くさせた黒部市長の提案とは?
スネーク市というオランダの小都市に毎年花をつける桜の木がある。これこそが、数十年前、YKKのある若手社員がオランダに持ち込んだYKKのDNAが、かたちを変えて花咲いたものだ。
当時、曲がり角にあったYKKの中で、海外進出の声を上げた若手社員の「若気の至り」ともいえる提案は、思いがけない運命を彼にもたらすことになる。
青函トンネル開通という国家的プロジェクトで生じた大きな問題。それをファスナーで解決できないかという依頼がYKKに来た。「海水」という未知の強敵に向かい、活躍を始めたのは若い技術者たちだった。
