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YKKのDNA

そしてDNAがうまれた 〜YKK創業の物語〜


■竹の皮を売り、魚網を買う少年
1920年 尋常小学校卒業時の吉田忠雄(12歳)イメージ
1920年 尋常小学校卒業時の吉田忠雄(12歳)

遠く、明治時代の北陸地方。日本海に面する富山県魚津の町にひとりの少年がいた。
少年の家は貧しかった。父親は山野で捕らえた野鳥のひなを育てて愛鳥家に売る仕事をしていた。その少年も、小学生のときから鈴虫や小鳥を捕まえ、売って自分のお小遣いを稼いでいた。そうしてこつこつとためた1円50銭のお金を、少年は投資しようと考えた。今のようにパソコンやゲームがある時代ではない。欲しいものもない。いや、あったとしても、少年はやはり投資に向けただろう。


少年は友人と二人で出し合った3円の元手で竹の皮を買い集めた。この時代、竹の皮は食品の包装材など幅広く使われていたのである。
買い集めた竹の皮を問屋に持ち込んだら、10円の利益が出た。ふたりで分け合っても十分もうかった。
ところが、少年はそのお金を使おうとせずに、さらに再投資に向けることにしたのである。近所の漁師から古い魚網を買って、友人に手伝ってもらって川で漁をした。川でとれた魚を魚屋にもっていくと、5円の儲けになってその利益を友人と分けることができた。


その少年こそが、後にYKKを創業する吉田忠雄である。
吉田の行動は、もちろん自然にそうしていたのだろうが、「資本の再投資」と「利益の分配」といえる。そしてそれは、後にYKKを支える企業理念に通じていくことになる。

■カーネギーの言葉

吉田は偉人伝を読むのが好きな少年でもあった。アメリカのUSスティールの創業者、アンドリュー・カーネギーの伝記を読んだ。スコットランドの貧しい家に生まれ、鉄鋼会社カーネギー兄弟社を皮切りに次々と会社をおこし一大財閥をつくりあげた人物である。カーネギーは「富は神から与えられた神聖なもの」と考え、巨額の私財を社会事業に振り向けた。
つまり『神の富』を社会に循環させようと考えたのである。
彼は言った。
「他人の利益をはからずして、みずからの繁栄はありえない」
この言葉に、少年吉田忠雄は感銘を受けた。


それは熟成されていき、「善の巡環」という理念になるのだが、そんなことは、当然まだこの魚津の少年は知らない。ただ、儲けたものをみんなで分配し、それをまた再投資するということが、大きな喜びをともなう経験として吉田の中に残ったということである。


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